株式会社 アイズ
畑山 昇
NOBORU HATAYAMA
ダスキン尾張部店を主軸事業とし、2016年に新規事業で、革製品の修理専門店を出店。異業種の新規事業へ挑戦する若き30代社長。
会社は働いている人のためにある 新規事業で長野に新たな文化を根付かせたい

きっかけはスノーボード

長野への最初の縁は、学生の時にスノーボードをやっていて、その時に、住み込みのアルバイトで高井富士に来たことです。
卒業後、ダスキン本部で大学病院の清掃するヘルスケア部門で働いていました。
長野県に出店を検討していた当時は、フランチャイズ加盟を募集していなかったのですが、どうしたら加盟ができるかと悩んでいた時に、ものすごく力になってくれた社長が上田にいまして、その社長が加盟するきっかけを作ってくれました。
そして、他の候補地もあったんですが、スノーボードもできるしと思い、長野に来ました。
当時は、仕事が終わった後、ナイターで滑りに行っていました(笑)。

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父と二人三脚でスタート


父も神奈川で同じダスキンの仕事をしていました。
そして長野への出店の際には、共同で出資して有限会社アイエンドレスサービスを立ち上げました。
当時は、父が社長をしておりましたが、普通の二代目とは感覚が違うと思います。
私は創業者の感覚で経営をしています。



負けられない

父はパワフルでした。
私は、そのパワフルさを常に意識していますし、私もそうありたいと思っています。
負けちゃいけない、負けられないなと常に思っています。
私は若いころかなりやんちゃをしていました。でも親父がいたから、今の自分あるのかなと思います。
当時は全く分からなかったですけど(笑)

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夜はアルバイトを

親父が亡くなった時に、法人を畳んで、地元に戻って働こうかなと正直思いました。
経営者でしたが、収入は、なんとか生活できているという状況でしたし。
普通にサラリーマンのほうがいいのではと思いました。
当時は、収入が少なくて夜にアルバイトしていましたしね。
昼間、会社で働いて、夜は長崎屋でアルバイトしていました。



お客様がいたからこそ

収入面では苦しかったですけど、純粋に経営が楽しかったです。
あと自分を信頼して取引しているお客様がとても大事でした。
この閉鎖的な土地柄で他県出身の自分を受入れてくれた。
続けようと思ったのは、そのようなお客様がいたからこそです。
簡単に辞めるとか言えなかったですね。

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会社は働いている人たちのためにある

組織変更した時に、会社改革を行いました。
同業他社からは、畑山社長のところは大丈夫かと心配されました。
まず着手したのが、ダスキンのシステムです。
ダスキンのシステムは7段階ありまして、当時は、うちの会社は、一番下のシステムを使っていました。
仕組みを変えたいという葛藤があったので、上から2番目のシステムに変更しました。
それから人も増やしました。その中でたくさん失敗もしました。
それまでは、自分でがむしゃらに働くだけでした。
でも会社って働いている人たちのためにあるべきじゃないかと気づいたのもこの頃です。
そこから目標が変わり、社員や委託で働いてくれている人たちが、私はアイズで働いていると胸を張って言える会社を目指すようになりました。
まずは、ボロボロの社屋ではなく、皆が集える、誇れる社屋をつくろうと思いました。
またダスキンの加盟店では、個人事業主か、有限会社が多い中で、株式会社にした理由は、家庭用市場だけでなく、事業所市場を開拓するという理由もあります。
今でもそうですが、長野には事業所市場に力を入れている加盟店が少ないんですよ。
そして、ダスキンの店名もアイエンドレスサービスから、尾張部店に変更しました。
企業しての、地域に根ざした企業になるという想いを込めています。



子育て中の女性が働きやすい環境をつくる

女性だけでなく、従業員が、どうしたら働きやすい環境をつくることができるかを常に考えています。
子育て世代、しかも小さい子どもがいる女性に働いてほしいと考えています。
子育している女性が働きやすい会社にするには、例えば、子どもが風邪を引いた時に、やな顔をせずに、受け入れられる会社だと思います。
急に休むとそのしわ寄せもあり、大変ですし、困る部分もありますが、そこでやな顔をすると、休みにくくなり、子育てしている女性にとって働きにくい会社になってしまいます。
子どもの風邪の時もそうですが、学校行事でも休む時も、笑顔で「いってらっしゃい」と送り出せる会社にしたいです。
それに、従業員が会社を辞めたあとでも、私はアイズで働いていたと恥じることなく言える会社にしたいです。



文化をつくる長野に根付かせたい

出身地の神奈川では、商店街に1店は靴の修理するお店がありました。
革靴はころころ買え変えるものではないと思っています。
使えるものは長く使い、それを楽しむもの。
当然、私自身が革靴を修理しようと思った時に、長野では身近にそういうお店がなかったです。
駅前に1店舗あるんですが、そこも利用してみたんですが、わざわざ行くのが面倒ですし、足が遠のくんです。
だから、レザードクターを出店することで、私のように足の遠のいていた方が、お店に来てくれるとうれしいですね。
友人には「趣味でお店始めたんだ」と言われることもありますが、自分が革靴や革製品好きだからという単純な理由だけでなく、ダスキンとのシナジー効果も見込んでいます。
リーズナブルな靴でも、革って味がでてくるんですよね。
だから、革靴って長く使ってほしい、長く使っていると愛着も湧いてきます。
靴を使い捨ての文化から、もったいないから、ちょっと修理すれば使える。
このお店を出したことで、靴って長く愛着をもって使っていくという文化をこの長野に根付かせたいです。
研修先の大阪では衝撃がありました。この靴を直すのという靴がたくさん持ち込まれました。
修理代で新しい靴を変えるというお客様もいました。
それでも修理してまた使っている。
そんな大阪のような文化って大切だと思います。

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取材:2016-08-05
Writer:Kazuo Yamaguchi
Photographer:Kenichi Minemura

1979年神奈川県生まれ。高校卒業後、長野県へ移住。2007年有限会社アイエンドレスサービス、代表取締役に就任。2008年、株式会社アイズに社名変更。2015年ドクターレザー信州を出店。
DATA
株式会社アイズ
長野市南高田2-8-26
TEL.026-263-5371
FAX.026-263-5223
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